水よりもスポーツドリンクをのんだ方が良いよ。
というのはよく言われることですが、その理由を知ろうとしても、
「水よりもスポーツドリンクの方が体の組成に近いから」とか
「汗で失われた成分を補給できるから」
といった理由しか出てきません。
たしかに、間違いではないのですが、何となく理論的でない、とは感じませんか?
運動中にスポーツドリンクを飲んだ方が良いのには、医学的にきちんとした理由があります。これについては以下の見出し「水だけでは体水分量は保てない」にて解説していますので、目次からとんでください。
より深い理解のために、まずは、人間が汗をかく目的や、脱水でパフォーマンスが低下する原因から始めましょう。
人間が汗をかく目的
体重70kgの人が、7METS(運動強度の単位。7METSはジョギング程度の運動に相当)で1時間運動して、その時に発生する熱が全部体にこもったとしたら、体温は43度になり、たちまち体中のタンパク質が熱変性してゆで卵です。
これを防ぐため、脳の視索前野という部分の体温調節中枢が、運動や高温を検知すると、
- 皮膚血管を拡張することで車でいうラジエーターのように、血液を体表部に触れさせる
- 発汗し、気化熱によって体温を下げる
という働きをします。
小難しく書きましたが簡単に言うと、「運動によって上がった体温を下げるため発汗する」という常識的なことを言っています。
脱水でパフォーマンスが低下する理由
人間は、30℃環境下で、体重の2%の水分が失われると、露骨にパフォーマンスが低下し始めると言います。でもなぜでしょう?
発汗によって脱水に陥ると、血液量(正確には血漿量)が減ります。血液は運動するためのエネルギーや酸素を体中に送り届けているので、これ自体の量が減ってしまうと困るわけです。
そこで心臓が心拍数を上げることで補おうとするのですが、血液が不足しているので一回拍出量(一回の拍動で送り出せる血液の量)が足りず、トータルで見て心拍出量が低下します。
この時、組織や器官もエネルギー不足、酸素不足になるのに加えて、心臓にも負担がかかっています。
パフォーマンスはこれによって低下します。
水だけでは体水分量は保てない
人間は、体水分量が減ると、「水分を取らなきゃ」と感知して「のどが渇く」という反応を起こします。
しかし、この「のどが渇く」仕組みが、「体水分量」でなく「体液浸透圧」によって感知されているところがミソです。
人間の「のどが渇く」しくみ
①人間の体には、体水分量を感知する受容器が2つあって、一つが脳の視床下部にある「浸透圧受容器」、もう一つが心臓の心房部にある「容量受容器」です。
②「容量受容器」は感度が低く、大けがなどで大量出血した場合などで働きます。通常の発汗による体水分量の変化を感じ取っているのは「浸透圧受容器」の方です。
③汗には、水分と塩分が含まれていますが、体液よりも、塩分濃度が低く、水分の方が多く失われていくので、発汗によって体液の浸透圧は上がっていきます。(水分ばかり奪われていくので、体液が濃くなっていくイメージ)
④「浸透圧受容器」はこの「浸透圧の上昇」を感知して「のどが渇いた」という信号を送ります。逆に言えば、浸透圧がもとに戻れば、のどが渇いた、と感じることはなくなります。
⑤塩分量が減っていますから、水によって水分を補うと、運動前よりも少ない体水分量の時点で体液浸透圧を取り戻すことができ、「あ、もう飲まなくていいんだ」と錯覚します。
運動中に水を飲んだ場合、「のどが渇いていなくても、体水分量は減っている」という点が重要です。
水だけの摂取を続ける場合、最悪、低ナトリウム血症で死に至ることもあります。
そのため、ミネラルを含んだスポーツドリンクを適切に摂取し、塩分量が減らないようにしたうえで、水分を補給する必要があるのです。
スポーツドリンクの成分は?
スポーツドリンクは、汗で失われた塩分を補給するためのミネラルと、運動に必要なエネルギーを補給するための糖質が主に含まれています。
日本救急医学会の熱中症診療ガイドラインによれば、摂取する水分の食塩濃度は0.1-0.2%、ナトリウム濃度にすれば100mLあたり40-80mgを含ませることが、体液浸透圧を保ちながら水分補給するために適しているそうです。
そして、糖質濃度は、糖質濃度と溶液の胃の排出速度を調べた研究から、8%程度までにするのが良いと言われています。
そのため熱心なアスリートは、スポーツドリンクを選ぶ際、栄養成分表示をみて以下になっているか、チェックしてみると良いでしょう。
スポーツドリンクの塩分濃度は0.1-0.2%、糖質濃度は8%程度以内が良い!
スポーツドリンクの摂取量の目安は?
夏の暑い日に外でサイクリングなどの運動を行った場合の発汗量は、1時間あたり1Lになるとも言われます。
失った分の水分を取り戻すという意味では、夏の暑い日に沢山汗をかいていると感じる時は、1時間当たり1Lの摂取を心がけるとよいと思います。
また、スポーツドリンクには糖質も含まれているので、「小腸がスポーツドリンクに含まれる糖質をどのくらいの速度で吸収できるか」という点も問題です。
小腸の糖質吸収速度
小腸には、糖質を吸収するための輸送体が2つ存在します。
一つが、グルコースを吸収するためのSGLT-1という輸送体、もう一つが、フルクトース(果糖)を吸収するためのGLUT-5です。
SGLT-1のみを使う場合の糖質の吸収速度はおおよそ1時間あたり60gですが、糖質の中に効果的に果糖を含ませてGLUT-5も動員する場合には1時間あたり108gまで、吸収速度を高めることができます。
前者では1時間あたり240kcalしか摂取出来ないのに対し、後者では432kcal摂取できるので、大きな違いです。
このように複数の輸送体を使って糖質を効率よく摂取する方法はマルチトランスポーター法と呼ばれています。
仮にスポーツドリンクの糖質が、グルコースとフルクトースだった場合(原材料に「果糖ブドウ糖液糖」と書いてあったらそれです)、1時間当たり108g分の糖質を摂取することができます。
これを溶液濃度8%としてスポーツドリンクの体積に直すとおよそ1.3Lとなり、1時間あたり1L以上のスポーツドリンクをのんでも、吸収できる糖質には余裕があることが分かります。
そのため夏の暑い日の運動中は、1時間に1L程度のスポーツドリンクを飲み、追加でエネルギーを補給するためのジェルなどを1本くらい(1本のジェルに含まれる糖質を30g程度と仮定します)摂取すると、効率よくミネラル、糖質を補給できると言えます。
夏の暑い日の運動には、1時間あたり1Lのスポーツドリンクと、1-2本のエナジージェルなどがおすすめ!
筆者が使用しているスポーツドリンクとエナジージェル
筆者が2020年所属する愛三工業レーシングチームでは、
- スポーツドリンク: グリコパワープロダクション エキストラハイポトニックドリンクCCD
- エナジージェル: Powerbar社 Powergel
のサポートを受けており、気に入って使用しています。
説明通りの濃度にすると、塩分濃度が0.12%、糖質濃度が8%程度になり、この記事で書いた理論上の推奨摂取量の通りになるスポーツドリンクです。
粉末タイプなので、遠征に持っていく際にかさばらない他、練習にもっていけば、コンビニで水を買うだけでスポーツドリンクを作ることができるのも良いですね。
Powergelは、ブドウ糖と果糖の配合を追求し、効率よく糖質を摂取することに特化したジェルで、筆者もレース中の補給などに愛用しています。
現在国内通販で上記のジェルが在庫切れになっているので、国内で購入できるグミタイプをご紹介しておきます。
「C2max炭水化物ブレンド」という特許技術によって、糖質の吸収効率を最高レベルに高めつつ、グミタイプなのでジェルよりも食べ応えがあって腹持ちが良いもので、筆者もステージレース中のペースが落ち着いた時などに食べています。
さいごに
長かった梅雨があけ、いよいよ本格的な夏に突入しようとしています。
こまめなスポーツドリンクの摂取を心がけ(1時間あたり1L)、熱中症にならないようにして、元気にトレーニングに励みましょう。
参考文献について
この記事は、東京大学の寺田新先生が執筆された『スポーツ栄養学』p.197-215を参考に書いています。
この章についてのもっと詳しい分子生物学的な機構、その他スポーツ栄養学に関する医学的な内容がギュッと詰まった本になっているので、興味がある方はぜひ一読してみることをおすすめします。
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それではまた!