コロナウイルスの流行下、プロ選手がチャリティーの意味合いも込めて、エベレスティングに続々挑戦するようになりました。
伴って日本でも俄然エベレスティングが流行し始め、公式サイトで確認した限り、2020/7/17現在で世界全体で5,282回、日本では118回の成功例があります。
自転車に速く乗ることでご飯を食べているプロ選手にとって、エベレスティングにおいても最短記録を狙ってしまうのはプロ選手のさがと言えます。
現状世界の最短認定記録は、かの有名なアルベルト・コンタドール選手で7時間27分。
日本の最短認定記録は、RX BIKE店長の高岡亮寛選手で9時間37分です。
エベレスティングの最短記録に挑むにあたっては、達成選手のコメントを見るに、「勾配が比較的きつく、カーブの少ない直線的な区間を使って挑戦するのが良い」とされています。
しかし、それではむやみに勾配のきつい峠を攻めれば、最短記録を達成できるでしょうか?
公式サイトのデータによれば、コンタドール選手は平均勾配12.9%のセグメントを使って総距離136kmでの達成、高岡選手は平均勾配8.7%のセグメントを使って総距離196kmでの達成となっています。
筆者の見解では、
それぞれのエベレスティングのペースで登って、速度10kphを下回る勾配の坂を選ぶべき
だと思っています。
さっそく考察に入っていきましょう。
エベレスティング考察①: 勾配が急で速度が小さいほど、パワーは小さくて済む
以前にも活用したclimb power calculationサイトに今回もお世話になります。
体重60kgの人が7kgのバイクに乗って、エベレスティングすることを考えます。
全走行時間が10時間であれば下りや休憩を抜いた登りでの実走行時間は7時間くらいでしょうか。
勾配が急な坂を選んで行えば速度は低く、逆に緩やかな坂を選べば速度は高くなりますから、速度を10kphとしたときと20kphとしたときとで、必要なパワーを比べてみましょう。
結果…
10kphの時
245ワット
20kphの時
294ワット
245ワット対294ワットということで、速度10kphと低い方が、理論上50w近く低いパワーで同じ標高を稼げるということになりました。
特に線で囲んだ空気抵抗の増加は顕著ですね。
ちなみに、10kphは勾配12.6%の想定、20kphは勾配6.3%の想定です。
ということは、やはり勾配がきつい坂でエベレスティングをした方が、標高の稼ぎ方としては効率が良いわけです。
しかし、ロードバイクは勾配をやみくもに上げていくと、いつかは後ろにひっくり返ってしまいます。一体何%までなら普通に走ることができるのでしょうか?
エベレスティング考察②: ロードバイクで登れる最大勾配は60%
こちらのサイトの考察が面白かったので要約しながら翻訳します。
自転車で山を登るとき、どれだけ急なら急すぎるのか?
①: バイクとライダーの合成重心から鉛直に下した線の接地点が、後タイヤの接地点より後ろになるとバイクはひっくり返る。これで計算すると48%。
平均的なライダーの合成重心は、後タイヤの接地点から58cm前方、地面から120cmの高さにあると仮定する。
②: でも実際、ライダーはひっくり返りそうになると体を前のめりにして重心を移動させる。これを限界まで考慮して86.9%。
③: しかし実際は、重心が接地点から外れてひっくり返るより先に、タイヤの摩擦力の限界がくる。摩擦力の限界は、地面との摩擦が最も大きいことを考えても80%で訪れる。
④: 実際にはそんなにタイヤがグリップすることはなくて、路面温度が高く、空気圧を下げて幅広のタイヤを使っても、摩擦係数が0.6で60%の勾配に耐えるのがやっと。
結論: ロードバイクで登れる理論的限界は60%の勾配である。
つまり、勾配60%の坂でエベレスティングをするのが最も効率的だ!ということになりますでしょうか。
勾配60%の坂で、前項の条件でエベレスティングするとすると、登り坂の速度は2.107kphで良いことになります。これをもとに、必要なパワーを計算してみると、
233ワットという計算結果になりました。
あれ?
勾配12.6%の坂で10kphで登った時は245ワットでしたから、たった12ワットの削減にしかなっていません。
そうです。ロードバイクの空気抵抗というのは、速度の3乗に比例して大きくなっていきます。そのため、速度の絶対値が大きくない時は、速度が増しても、空気抵抗の上昇幅は大きくありません。
勾配12.6%と60%で、12ワットしか変わらないなら、明らかに60%の坂は登りづらそうなので、ほとんどの人が12.6%の坂を選ぶでしょう。
エベレスティング考察③: ロードバイクで登る勾配には最適値がある
ロードバイクで、空気抵抗の影響が無視できなくなってくるのは、上のグラフが示す通り、速度10kphくらいからです。
そのため、
ライダーがエベレスティングのペースで登って、速度が10kphを超える勾配では、空気抵抗の影響が無視できなくなるので、10kph以下で登り続けられる勾配を選ぶべきだ
ということになり、これが、10時間でエベレスティングを達成する人であれば大体12%くらいの勾配が良いということです。
勾配が20%を超えるような激坂を選んでも、実は必要なパワーはあまり変わらないのです。
そして、勾配が10%を超える坂を効率よく登るためには、身体の使い方だけでなく、機材のセッティング自体を以下のように変える必要があるでしょう。
- サドルを前に出し、登り勾配でサドルが水平になるよう、ノーズを下げる
- ブラケットも同様に、送り気味にする
- 34-32Tなど、できるだけ小さいギアを使う
慣性が効かないことでペダリングフィールが変わるので、普段勾配のきつい坂を走り慣れていない方は、著しくペダリングの効率が低下することがあります。
そのため、いきなり勾配のきつい坂でエベレスティングしようとするのではなく、まずは自分がその坂でいつも通りのパワーを出せるかを確認した方が良いです。
まとめ: エベレスティングは決して速さを競うものではない
ということで、
自分のペースで登って、速度が10kphを下回るような勾配でエベレスティングするのが、一番効率が良い
ということになりました。
効率の良いペダリングとは何か?ということに興味のある方むけに、こんな記事も書いています。
エベレスティングは、コロナ流行以前から、挑戦者はいました。
いわゆる600kmブルべのような「ウルトラエンデュランス」の類の挑戦として、一部のサイクリストに親しまれてきたのです。具体的には最初に「エベレスティング」がチャレンジとして設定されたのは2014年です。
しかし、コロナ流行によって、プロ選手が最短記録を追求するようになって、「速度至上主義」に染まりつつあることに、違和感を感じる人は多いようです。
エベレスティングを達成すると、HELLS500の公式ショップ内で、エベレスティング達成の証であるグレーストライプのジャージを購入する権利が与えられます。(権利であって、品物がもらえるわけではありません)
ブルべ同様、走り切った全員が称賛されるべきで、チャレンジそのものを楽しむことが大切です。
記録更新のために下りを飛ばしすぎたり、安全を損なうようなことがあってはいけませんね。
みなさんも挑戦される時は、効率だけでなく、安全にも配慮した場所選びをなさるようにお願いします。
それではまた。